
早く寝ようと思いつつ、いろいろしていて寝そびれた。
振り返ると、12時間くらいネットしている。
これは危険だ。
たとえばハンバーグを焼いて挟んで食べると、自分で作ったベーグルは、もっとおいしくなると思う。
でも、そのまま食べてもおいしいので、横にスライスしてストーブであぶったり、そのままかじりついたりする。
本当においしい。
一般的なパンもおいしいけれど、ベーグルは、よりおいしいと思う。
それは自分で作ったからかな?
3日の節分、恵方巻きを作るだけの材料も元気もなかったので、買いに行きたかった。
けれど、2日の夜から猛烈に冷え込んでいて、日中も真冬日だったから、外出せずにベーグルをかじっていた。
恵方巻き、食べたかったな。
思えば、うちの母と私は、中食の太巻きとお稲荷さんが結構好きだ。
手軽に食べられるし、味がついていておいしいと思う。
ここのところずっと、外食や中食はなるべく控えているので、どちらも久しく食べていない。
そう思うと急に食べたくなってくる。
でも、明日の日中も寒いから、車を出すのは遠慮します。
余り寒くて冷え込む日は、路面がどこかで凍結していそうなので、車を運転したくありません。
神経を使うし、万が一何かあった時に、誰かに迷惑をかけたら大変だからです。
そのうち、もう少し暖かくなって外出できたら、太巻きを1本丸々買いに行きましょう。
おとついの夜、すごくショックなことがあったので、その夜と昨日は現実から逃避して過ごしました。
ほんの1、2時間前まで逃避していました。
簡単に言えば、ネットでゲームをしていただけなんですが、どうも私の「ネットでゲーム」は現実逃避のようだとわかりました。
なんだかなぁ……。
その後、いい加減寝ようと思ってゲームをやめ、気になっていたことを検索。
正直に言うと、検索も現実逃避の一部かもしれません。
でもゲームよりは有意義だよね、いろんなことがわかるし(有益なことも、無益なことも。無益なことなんか、ないか)。
以下、ちょっと重たい話なので、基本的にスルー推奨です。
さて、今夜最も興味深かったのは、「遁走」という言葉です。
意味として、「逃げること」としか知らなかったのだけど、心理学の分野で「遁走」というと、それはちょっと問題のある状況のようなのです。
ざっと調べてみると、たとえば、
至って普通に振る舞っていても、その時の記憶がなければそれは遁走かもしれない。
ということです。
別な言葉でこれを表現しようとすると、「心ここにあらず」なのかなぁ?
ちょっと違うような気もするし、意味がかぶっている気もします。
ネットでゲームをしている時、目は画面を見ているし、ゲームを攻略することを念頭に置いてクリックしたり、考えたりしています。
途中でお茶を入れて飲んだり、時計を見たり、合間にどこかのサイトを見たりもします。
もちろん終わった後で、自分が何をしていたか、記憶はあるのだけど……。
非遁走の時間より、遁走に費やした時間のほうが長かったんじゃないかなぁ?
ゲームをしながら、「もうやめなきゃ」等思うんだけど、「理性が働いていない時間」のほうが多そうだよなぁ。
詳しいことは勉強していないけれど、個人的に考えてみて、現実逃避と遁走は、やっぱり何らかの「心の不具合」を誤魔化したり、棚に上げるためにやる行為なのかな、と思います。
もちろんこれは、私自身に関してのことです。
じゃあ、「心の不具合」って何なのよ? という話に至るわけですが、今は原因や「出発点」を探っている段階なので、今は書かずに済ませます。
ではいい加減、寝ます。おやすみなさい。
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